[02] 北前船主の館 右近家

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☆ 説明の末尾に「(配付説明書)」とあるものは、田島氏(みなと塾)が作成し、当日参加者に配布された解説パンフレットから引用しているものです。

北前船主の館 右近家  福井県南条郡南越前町河野2-15
 北前船とは、江戸時代中期から明治30年代にかけて日本海海運で活躍した、主に買積の北国廻船の名称。
 買積廻船とは、商品を預かって運送するのではなく、航行する船主自体が商品を買い、それを売買することで利益をあげる廻船のことを指す。 当初は近江商人が主導権を握っていたが、後に船主が主体となって交易をおこなうようになる。
 上りでは対馬海流に抗して、北陸以北の日本海沿岸諸港から、下関を経由して瀬戸内海の大阪に向かう航路(下りはこの逆)及び、この航路を行きかう船のことである。 西廻り航路(西廻海運)の通称でも知られ、航路は後に蝦夷地にまで延長された。
 尚、右近家は海上輸送の保険業務も手掛け、日本火災株式会社を設立した。 後に興亜火災、安田火災と合併し損保ジャパンとなった。
 北前船を利用して、越前からは笏谷石が全国に運ばれ、明里の米蔵からも大阪の米問屋へ明里米が運ばれた。
(配付説明書)

【参 考】

09:29-10:34  北前船主の館 右近家

旗と「茶の実」紋